2020/05/07

富士通ミドルウェア株式会社
代表取締役社長

国際関係学科/1981年

2019/09/13 時点

プロフィール

1981年3月津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。
1981年4月開発者として富士通株式会社入社(男女雇用機会均等法制定前)。
1983年6月社内結婚し、1987年4月長女誕生(育児休業制度無し)、1992年10月長男誕生(生後7カ月まで育児休暇取得)。
1996年4月課長昇格、2001年4月担当部長昇格、2006年1月営業部門へ異動、ソフトウェア営業部長に就任、2008年10月販売推進部門に異動、2009年1月ミドルウェアビジネス推進統括部長に就任、2014年4月富士通ミドルウェア株式会社へ異動、2015年6月同社代表取締役社長に就任、現在に至る。


メッセージ

ソフトウェアの開発者として富士通に入社しました。大学時代は文系だったためか、開発よりも作ったソフトウェアを拡販する業務の方が自分に向いていると感じていたときに、営業部門への異動を打診されました。下の子がまだ中学生だったため、引越しや単身赴任はできず、夫と同じ新幹線通勤を選択しました。開発から営業という全く違う職種に変わり、最初は戸惑いましたが、人との関係性を重視する営業職が自分には合っていたようで、楽しく仕事をすることができました。その後、販売推進部門も経験させてもらい、それらのキャリアを評価され、今の営業会社を任せてもらえるようになりました。富士通グループの中では、2002年以来の女性社長となりました。

元々は、できる女性でもなく上昇志向は無かったですが、社長になってからは、部下のため、そしてお客様のための”野心のかたまり”です。

今の私がある理由は、大きく3つです。
・辞めないで仕事を続けたこと(女性の自立を推進した津田塾の影響大)
・富士通グループの中で、魅力的な人たちにめぐり合えたこと
・大学時代に養ったチャレンジ精神

最近は制度が整ってきたため、結婚・出産しても仕事を続ける女性が増えてきました。色々な選択肢があって良いのですが、女性が自立することは重要だと思います。また、ステキな人たちとの出会いは、コミュニケーション力や人間力を高めてくれます。出会いは、仕事関係だけでなく、趣味の世界や地域の中にもたくさんあります。私のモットーは「迷ったら進む」です。チャンスが目の前にあっても、それをつかまないと新しいことに出会えません。若いみなさんたちは、出会いを大切に、そしてチャンスを逃さずに、自分らしく悔いのない人生を歩んでください。

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