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2020/05/28
瀧本 優希
アサヒ飲料株式会社
宣伝部 主任
英文学科/2011年
2019/12/23 時点
プロフィール
2011年3月に英文学科を卒業後、アサヒ飲料株式会社に入社。関東首都圏本部(現首都圏統括本部)に配属され、1年間の店舗担当を得て、営業企画部に異動。2014年9月に本店に異動になり、広域量販営業部(現広域流通部)でコンビニチャネルを担当。2016年9月に宣伝部に異動、2017年より1年間の産休・育休を経て2018年に復職。現在は2歳の男の子を育てながら、「カルピス“水玉通信”」というTwitterアカウントの担当を務める。
メッセージ
希望が叶ってアサヒ飲料に入社し、最初の仕事は店舗担当。汚れてもいい服装とスニーカーで、軍手とガムテープ片手に担当する量販店を巡り、売り場をもらっては重い飲料を陳列することが主な仕事でした。想像していた仕事内容とは全然違うことにショックを受けましたが、今まで自分が苦手としていたような仕事をしたことで、辛くても会社の代表として仕事を全うしなければいけない、という責任感を強く感じることができました。
転機は広域量販営業部(現・広域流通部)に異動になり、全国展開しているコンビニの担当になったことです。全国系のコンビニは売上も利益も大きく、優秀なエースの営業マンが担当するのが当たり前でした。一方の私は営業も未経験で、まだ入社4年目。女性も私しかいない環境に飛び込み、今までで一番働いたのはこの時期だったと思います。特に最初のころは、お客様からの要望に対して何一つ自分で判断ができず、お叱りを受けることも多々ありました。ただ、津田塾で鍛えられた負けん気の強さと、同じ部署の先輩や上司の励ましや指導のおかげで、最終的には売上と利益の目標をきちんと達成することができました。
その後宣伝部に異動し、2017年の8月に男の子を出産。翌年の5月には息子を保育園に預けて復職しました。人事との面談で復職時の部署を検討するにあたり、仕事と家庭、どのようにエネルギーを配分していきたいかのヒアリングがありました。葛藤はありましたが、私は仕事も家庭もどちらも頑張りたいと伝え、希望通り宣伝部で復職することができました。悩んでいる時、私の頭に思い浮かんだのは津田塾の授業で聞いた梅子先生の言葉です。「私たちは女性の長い列の中にいる。自分より前に並んでいた女性が繋いできてくれたバトンを、自分より後に並んでいる女性の為に繋げていく」という趣旨のものでした。出産しても、子育てしながら働ける環境があるのは諸先輩方のおかげです。そのバトンを受け取った自分が仕事と家庭を両立していくことで、同じように仕事と家庭の両立を考える女性に勇気を与えられれば、と思うとやる気が湧いてきたのを覚えています。
まだ若い皆さんも、これからの人生で理想と違うこと、大変なこと、悩むこと、たくさんあると思いますが、あなたの手の中にはたくさんの先輩が繋いできてくれたバトンがあることを忘れず、前向きな人生を送っていってください。