2020/05/07

NHK 学園
理事・高等学校校長

英文学科/1981年

2019/10/14 時点

プロフィール

1981年3月英文学科卒、4月NHK入局。放送文化研究所で『日本語発音アクセント辞典』を編集後、国際放送局でRadio Japanの番組制作。制作局で「ハングル講座」「男の食彩」「おしゃれ工房」「スタジオパークからこんにちは」等を制作。関連会社出向後、女性チャンネルLaLaTVを立ち上げ、海外ドラマ「冬のソナタ」を購入。NHKで国際展開事業を担当後、NHKエデュケーショナル語学部統括部長。「リトルチャロ」「ユーロ24」制作。NHK編成局教育テレビ・ラジオ第2編集長として「Eテレ」の愛称採用に携わる。千葉放送局長、人事局長をへて定年退職。現在はNHK学園理事、通信制のNHK学園高等学校校長。


メッセージ

韓国ドラマ「冬のソナタ」の購入は、周囲から「冬の嵐」と言われるほど、トラブルの連続だった。目の前のことを一つひとつ解決しながら、どうにか放送にたどりついた。でも「これならいけるかも」という直観?を信じて、とにかく皆さんに見ていただきたい、という想いで担当した仕事であった。仕事の苦労が大きければ大きいほど、その後の職業人生の栄養になる。この「冬ソナ」と女性チャンネルLaLa TVの立ち上げは、私にとって富士山のように高いミッションであったと、今でも感じている。

「仕事はつらい。だからこそお給料がいただける」。これは、新人時代の先輩からの一言だ。なるほど、その通り。でも、つらいけど楽しかったからこそ、子育てとなんとかやりくりしながら30年以上も続けてきた。完璧にはできない。大切なのは、No Problem、大丈夫、大丈夫の精神だと思う。失敗はいくらでもある。でも、そこでめげていては、前へ進めない。「何とかなるさ」精神が、私を支えてきたと確信している。

そして、もう一つ、いつも周囲に話しているのは「本当のゴールを見失わないで」ということ。何かミッションがある時、その仕事の本質、大義はどこにあるのかを見失うと、途中にある大きな石につまずいたり、落とし穴に落ちてしまったりする。その大義の前にある障害物は、実はたいしたことではなく、それにかまけている場合ではなかったり、その障害にめげる必要もなかったりすることが多い。イヤなことはさっさと忘れ、本当のゴールめがけて、たとえカメのような歩みでも前へ進んだ方がいいのだ。いつか、必ずゴールインできるから。

最後に、津田塾のこと。もちろん英語を学んだはずである。実は、忘れた頃に英語を使う仕事が回ってきたので、サビを落としては次に進む状態だったが、おかげさまでそれほど英語アレルギーはない。でも、英語という知識・技能よりも、私が津田塾で学んだのは「All Roundであれ」という全人教育であったように思う。簡単に言えば「知徳体」のバランスのとれた人間であれ、という意味だろうか。在学中はあまりピンとこなかったが、梅子先生の教え、All Round は、今、目の前の高校生にも伝えたいことの一つだ。津田塾が、とても本質的な価値観を授けてくださったことを、何よりもありがたいと思っている。

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