2020/05/28

サイバネットシステム株式会社
代表取締役 社長執行役員

数学科/1991年

2020/04/07 時点

プロフィール

1991年学芸学部数学科卒業。同年大手家電メーカーの情報システム研究所に就職。1999年に渡米しエンジニアとして数多くの企業で活躍。2009年に帰国し、富士ソフト株式会社に就職。同社執行役員などを経て、2018年にグループ会社であるサイバネットシステム株式会社の副社長執行役員、2019年に同社代表取締役 社長執行役員に就任。


メッセージ

今も私の心に深く残っているのは、中学時代の社会科の先生の言葉です。「精神的自立をしたいのなら経済的自立をしなければいけない」ということ、そして当時医師を目指していた私に「あなたは免許制の職業ではなく、女性の活躍に貢献して、後進に道を拓くべき」と話されました。女性の社会進出がまだ進んでいない時代。先生の言葉は先進的でした。母の勧めもあって津田塾の数学科に入り、一般企業へ飛び込んだのは、かつての恩師の言葉があったからでしょう。当時はバブル絶頂期。就職活動は難なく進み、日本の大手家電メーカーの研究所に入ったのが、今から約30年前のことです。技術職の女性は非常に少なく、仕事で結果を求められるというよりお嫁さん要員のような存在。その状況を打破すべく、エンジニアとして奔走しました。

当時は無線電話といえば衛星電話で、インターネットなどもなかった時代。そんな中、ワイヤレスでインターネットに繋ぐ技術を開発しているというアメリカ企業の論文を読み、対抗する特許を取得しなければと危機感を覚えた私は、研究を重ねながら世界中のカンファレンスに参加し、研究内容をプレゼンし続けました。そこでは津田塾で学んだ英語や、津田塾で築いた友人関係にとても助けられたことを覚えています。ただ、その論文や実績が世に広まるにつれ、研究が私の手から離れ、男性に渡っていったことは、当時の通例とはいえ悔しさが残りました。

その後、より活躍できる場を求め、シリコンバレーのIT企業へ転職しました。しかし周りは天才的なエンジニアばかり。限界を感じた私は、30歳を前に改めて自身を振り返りました。そこでようやく、通信の世界でプロフェッショナルになろうと、覚悟を決めたのです。電子・通信機器、基地局、半導体など通信に関連する会社でキャリアを積み、日本の通信会社やメーカーのトップと交渉する機会も度々ありました。日本に目を向けると携帯電話産業はガラパゴス化しています。私は改めて危機感を覚え、日本のグローバル化に貢献したいと帰国しました。現在はITソリューションなどを扱う会社で、代表取締役を務めています。経営強化のためにはドラスティックな手法も必要で、しばしば困難に直面しますが、意志と責任感をもってさまざまな変革を行っています。

津田塾はビジネス社会においても自立精神の高い女性を輩出する大学として有名です。私の同級生の多くも現役で働き続けていて、各々社会に貢献しています。ただ、女性がリーダーとして立つことを、未だ日本の社会が許容できていないという現実もあります。私はリーダーの半数は女性であるべきだと考えます。そうしなければ世の中は変化できません。これからの時代を担う皆さんには、ぜひ情熱をもって前進してほしい。その思いに“Be more ambitious!” とエールを送ります。

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