2020/05/07

映像吹替翻訳者

国際関係学科/1983年

2019/10/12 時点

プロフィール

1983年3月国際関係学科卒業後、三菱商事入社。4年ほど勤めて退職し、1987年4月より、明治学院中学校・東村山高等学校に勤務。英語科非常勤講師として教鞭をとる傍ら、1991年よりロマンス小説の翻訳を始める。1994年12月より映像吹替翻訳の仕事に携わる。1996年3月、翻訳一本に絞るため、明治学院を退職。主な翻訳作品に『ビバリーヒルズ青春白書』、『パワーパフガールズ』、『レオン』、『ノーカントリー』などがある。


メッセージ

卒業後、会社と学校での勤務を経て、現在は外国映画や海外ドラマ、アニメ等の吹替翻訳の仕事をしています。英語が好きで、セリフを書くことにも興味があった私にとって、この仕事に就くことは高校時代からの夢でした。そしてその夢は、大学時代・会社員時代・教員時代を通じて(途中で忘れかけたことも諦めかけたこともありましたが)ずっと私の心の奥底にあり続けました。

国際関係学科で学んだのは、翻訳の仕事を文化交流の一環と捉えていたからです。ためになる授業がたくさんありました。中でも強く印象に残っているのは「国語表現」です。ねじれのない、明快な文を書くことを目的としていたこの科目は、将来翻訳者になりたいと思っていた私にとって、非常に役立つものでした。授業では毎回、原稿用紙に文章を書き、先生に添削して頂いたのですが、ある時、『児童文学の翻訳上の難点』と題した作文に先生から次のような、とても励みになるコメントを頂きました。「あなたの文はいつも明快でわかりやすく書かれている。何といってもそれが一番だと私は思う」。わかりやすい文章を書くことの大切さを大学時代に学べたのは本当に収穫だったと、今つくづく感謝しています。

男女雇用機会均等法もない当時、気の迷いで男性優位の総合商社に入って後悔。忘れかけていた夢を思い出し、翻訳学校に通い始め、その勉強に本腰を入れるために転職しました。念願かなって今に至ります。映像吹替翻訳とは一言でいうと、外国映画等の台詞を日本語に訳し、声優さんたちに演じて頂くための台本を作る仕事です。目で見て分かればよい字幕に対し、吹替は耳で聞いてすぐ分からないといけないので、紛らわしい同音異義語等は使えません。ジョークやダジャレ、掛け詞(ことば)なども難物。英語のギャグを、耳で聞いて笑える日本語にするのは至難の業です。しかし、苦労して捻り出したジョーク等が収録現場でウケたときは、とてもやりがいを感じます。英語の“you”、“I” を日本語で何通り言えるか。そういう語彙力がこの仕事には必要です。

翻訳に興味のある方は英語力のみならず、日本語で適切に表現する力も磨くと良いでしょう。後輩の皆さんの挑戦や頑張りは刺激になります。私も長年関わっている『パワーパフガールズ』をライフワークにして、もう少し頑張ろうと思います。

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