2020/05/07

名城大学 理工学部
准教授

数学科/1988年

2019/10/31 時点

プロフィール

1988年3月数学科卒業後、豊田中央研究所に入社し自動車の感性品質に関する研究に従事。愛知淑徳大学文化創造学部准教授・教授を経て、名城大学理工学部准教授。専門は感性工学、色彩工学。2014年よりラジャマンガラ工科大学タニヤブリ校(タイ)カラーリサーチセンター国際顧問。近年はASEANでの製品色彩の嗜好に関する比較研究やグローバルエンジニアを育成する教育にも注力。東京工業大学総合理工学研究科物理情報システム専攻博士後期課程修了。博士(工学)。


メッセージ

大学を卒業してから30年が経過しました。12年毎に転職し、今は3つめの職場です。1つめの職場では結婚(27歳)と長男出産(28歳)、2つめの職場では長女出産(39歳)、3つめの職場では長女帯同の海外赴任(47歳)を経験しました。フルタイムの仕事を、おかげさまでなんとか途切れることなく今日まで繋いできています。

2回の転職は、いずれも「子どもが小学校へ入学する1年前」のタイミングでした。日本の子育てで悩ましいのが「小1の壁」。保育園時代の子育てとは異なり、平日の保護者会や夏休み問題が立ちはだかります。これを省力的に乗り切るために、職場の立地や仕事の内容を変え、時折ライフスタイルを組み立て直しました。子ども時代、“先生”と呼ばれる職業(医師・弁護士・政治家・教員など)にだけは就きたくない!と思っていた私ですが、結果的にここ20年来の仕事が大学教員になってしまったのは、仕事の時間と内容とを自らコントロールしやすいからでした。

そんな人生の中で、9歳の長女を連れてタイの大学で研究生活を送ったことは、大きなターニングポイントとなりました。50歳近くになって、それまでの価値観がひっくり返るような、まさに目から鱗の経験をしたのです。仕事観、家族観、子育て観、人生観などが、大きく変わりました。昔から欧州が大好きだった私が、すっかり東南アジアの魅力と面白さに取りつかれました。日本で暮らしていると気づきにくい大切な感覚や考え方を忘れまいと、今も繰り返し訪れるようにしています。同じような経験を若い人たちにもしてもらいたいと、大学生の海外研修を企画して引率し、海外から研究者や学生を招く仕事なども続けています。

まさか「先生」と呼ばれる職業に就いて東南アジアを往復しているなんて、30年前には想像していなかった未来です。結婚するまでの四半世紀は両親が私を育ててくれましたが、それに続く四半世紀は我が子に鍛えられ、育てられ、気がつけばかなり想定外の方向へ。さて次の四半世紀は、どんな新たな学びと発見が待っているのでしょうか。また想像を超えた自分に出会えるのが楽しみです。

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