2020/07/31

富士ゼロックス株式会社
EDS事業本部 商品開発部 担当マネージャー

英文学科/1984年

2020/07/25 時点

プロフィール

1984年3月津田塾大学学芸学部英文学科卒業。同年4月富士ゼロックス株式会社に入社、途中2回の育児休職を経て現在に至る。1988年から複写機のProgram Management(プロジェクト管理)の業務に従事。Program Managerとして新商品の企画立案から商品の販売開始までの商品プログラム(プロジェクト)の統括・運営を行い、ワールドワイドに商品提供を行う。2019年に役職定年を迎え、引き続き実務を担当しつつ後進の育成に従事している。


メッセージ

1984年に入社した当時は、30年を超えて同じ会社で働き続けるとは考えていませんでした。私は30代の中盤から毎年・毎期に会社からアサインされる業務とは別に「3年後、5年後に自分がどうなっていたいか」を決めて、その自分に近づくために自己実現を繰り返してきました。周囲には出産後も仕事のペースを落とさずに企業で働き続けるロールモデルとなる女性はいませんでした。ロールモデルを追うのではなく、3年後、5年後の自分の姿を思い描いて、その姿に向かって走り続けた結果が現在に至っていると考えます。

日本のお家芸といわれる商品開発・もの作りの現場、製造業のど真ん中で働くには、QCD(Quality・Cost・Delivery)の達成が必須であり、期せずして発生する課題への対応が続きます。世界情勢とも密接に関わりがあります。商品に課される米中関税の問題、生産拠点である中国での新型コロナウイルスの大流行、さらに市場である欧米への感染拡大等、毎日のプライムニュースで報じられている事象に、商品を通じ最前線で直面する立場にいます。

自分の信条は「どちらにするかの選択に悩むよりも、両方ともうまくいかせるにはどうしたらよいかを悩むべし」です。一つを選んでしまったら、一つしか成功が残らない。両立できれば成功が二つ以上残ります。複数の成功が得られた時の達成感は、一つの達成感とは比較にならない程貴重です。複数の成功を追い求める活動には困難が伴いますが、私は部下や子供達にもより大きな達成感を経験してもらいたくて、複数の成功に向かってチャレンジすることを時々に示唆してきました。

私が人生をかけて達成した自分の信条の究極は、「キャリア」と「家庭」を両方得て、両方持ち続けていることです。心を占めるものと自分を支えるものが自分には複数あることに感謝をしています。

もっと読む